04/04(Fri)
reported by subway master
わたくし、サブウェイマスターのノボリと申します。バトルトレインでは、ノーマル、およびスーパーシングルと……、おや、貴女様にもうこんな説明は不要でございますね、申し訳ございません。なにせ幾分、癖になっている言葉でありまして…、どうか大目に見てくださいまし。
ご存じかとは思いますが、わたくしには双子の弟がおります。名前をクダリ、同じくサブウェイマスターをさせていただいております。わたくしが言うと身内の自慢をするようで恥ずかしい部分があるのですが、ポケモンバトルの腕が立つのはもちろん、あの子はいつでも笑みを絶やさず、人懐っこい性格をしておりまして、…ええ、ほとんど変わらない環境で育ったというに、わたくしとは正反対なのでございます。不思議でございましょう?
今回お話しさせていただきたいのは、そのクダリのことなのでございます。…反抗期? いえ、そのようなものではございません。悪知恵を働かせていることもままありますが、基本的には素直で純粋ないい子で……ああでも、反抗期、というのも言い得て妙ではあるかもしれません。反抗期とは一般に、思春期と同じころ訪れるものであり、いわゆる 「思春期」 の部分集合のようなものですし、そういった面がないとも言い切れません。
――ああ、申し訳ございません。少しひとりで考え込んでしまいました。お話ししたいと申し出たのはわたくしの方ですのに、大変失礼なことを。…続きを聞いてくださいますか?
クダリに、好きな方ができたのです。貴女もよくご存じでしょう? …ええ、きちんと人間の女性でございます。確かにあの子は手持ちのポケモンを、恋人に接するかのごとく大切に育て上げる子ではございますが、それとは別の話なのです。……おや、今それとわかっていてはぐらかしましたね? いけない子です、お仕置きが必要ですか?
ふふっ、もちろん冗談でございます。貴女様にお仕置きなど、わたくしに出来ようはずがございません。…けれど何度も繰り返すようでしたら
――、お分かりですね?
クダリがを好きだと言い出したのは、もう一年以上も前の話です。…ああ、貴女も記憶にとどめてらっしゃいますか。わたくしもあの時は大変驚きましたので、まるで昨日のことのように覚えております。……あのクダリが、ねえ。複数の女性をとっかえひっかえして遊んで、失礼、特定の女性とお付き合いするなど、ちっとも考えていない様子だったクダリが、まるで人が変わったようでございましたから。ギアステーションの職員たちの間でも、だいぶ噂にのぼったそうですよ。「白ボスが女と遊ばなくなった」 と、それはもう上を下への大騒ぎだったそうで。
…ここだけの話、わたくしも幾人かの女性から、クダリは一体どうしたのかと問い詰められたのでございます。クダリももちろん上手く立ち回ってはおりましたが、女性というのは本当に勘の鋭い方が多うございますから、なにかしらを感じ取られたのでございましょう。去り際にきつい言葉を浴びせられたこともありましたが、それらの矛先がに向けられるよりははるかにマシでございます。には、クダリへ好意を抱いてもらわねばなりません。
のことは、貴女もご存じですね。とても親しくされてらっしゃるようで、わたくしとしても大変喜ばしいことなのですが、その、…少々妬けてしまいます。お気付きではありませんでしたか? は人間的にも大変魅力ある方ですから、貴女が惹かれるのも理解できるのですけれども……。すみません、度量の小さい男だと呆れてくださいまし。
ああそんな、一生懸命首を振って否定してくださらなくとも! …ありがとうございます、貴女の気持ちはもう十分伝わりましたから。貴女がわたくしの傍にいてくださることこそ、わたくしにとって最高の誉れなのです。感謝しておりますよ。
…ふふ、いけません、の話でございましたね。彼女は幾分面倒くさがりというか投げ遣りというか、特にご自分のことに関して積極性が欠けている女性ではありますけれども、心根の優しい素敵な方だと思います。ご自身に向けられる好意に関してあまりに無頓着すぎるのではないかと、わたくし少々心配になったりもするのですが、まあおかげでクダリが彼女への好意をごまかせていたと思えば……ああでも、やはり今となってはそれがあまりに大きな壁でございましたから、彼女の無頓着さは幾分問題があるのかもしれません。…ああ、貴女も同じ女性として、が心配ですか? 今度よくよく言い聞かせることと致しましょう、ご協力いただけますか?
先日、クダリとの見合いの場をセッティングしようと言い出したのは、わたくしなのでございます。クダリもクダリで努力はしていたようですが、なにせ 「好かれたい」 より 「嫌われたくない」 の方が先に立ってしまっているようでしたから、進展らしい進展を望める気が致しませんでしたので。多少強引な手段だったことは、自覚しております。けれど、ああでもしないとがクダリを異性として意識するどころか、先日までのような友達ごっこをずっと続けてしまいそうな気配すらありましたでしょう?
惚れた弱みとでも申しましょうか、クダリときたら、本当に落とす気……失礼、に意識してもらうつもりがあるのかと問い詰めたくなるような言動ばかりで。滅多にひかない風邪を捕まえたときには、17,063円(税込)とふしぎなアメ三つを私費からまかなったというのに、ごくごく普通に看病されて、ただそれだけでそれはもうしあわせそうにヘラヘラしておりましてね…。いえ、なにか間違いが起きるなどと、そのようなことは思っておりませんでしたが、こう、もうちょっと何か、あと一歩行動に出てもよかったのではと。
――そこがクダリのよいところ、でございますか? なるほど、女性ならではの視点でございますね。…ああ、もしやこれが俗にいう、ギャップもえ?とやらなのでしょうか。わたくしもまだまだ認識が甘いですね、精進していかねばなりません。
しかし他にもあるのです。出勤する時間を早めてまで会いに行くくらいなら、さっさと帰宅時も二人で帰る約束をとりつければよいものを、それもなかなか致しませんし、ようやくその約束をしたかと思えば、泣きそうな顔でわたくしも一緒に帰れと言う。…後から聞いた話ですが、そのときにはどうやらを追いつめすぎてしまったらしく、自己嫌悪と辛抱堪らなさとのあいだでひどく苦しかったと申しておりまして。…それにしたって、そこにわたくしを巻き込むのはどうかと思いませんか? 普段は卓球かなにかのようにぽんぽん言葉を交わしておりますのに、その日ばかりは二人してシェルダーのように黙りこくっておりまして、間に挟まれるわたくしの居心地の悪さと言ったら、言葉では言い尽くせないほどでございました。
…すみません、つい愚痴っぽくなってしまって…。あの子たちにしてみれば、居住まいの悪さというものが、悪い影響をもたらすばかりではないと理解しているのですけれども。お互いを意識し合えばこそ、居住まいが悪くなるタイミングというものは、どなた様にもありうることでございます。むしろよい兆候と言えましょう。…わたくしを巻き込みさえしなければ、の話でございますが。
まあそういうわけで、あの子たちの行く末を憂慮すると同時に、大変もどかしく思っておりまして。それをついぽろっとクラウドの前で漏らしたところ、先日の見合いの話と相成ったわけでございます。初めこそ 「そんなことしたらぜったいきらわれる!」 と断固拒否の姿勢を見せていたクダリですが、このままの状態でいいのですか、それで貴方は満足なのですかと問いただしたところぽっきりと折れましたので、クラウドにも協力していただき、そうしてようやくあの場が実現したのです。
の反応は、大方予想の範囲内でございました。…むしろ、もう少し激しく抵抗されるかと思っておりましたので、わたくし共と致しましては幸運だったと言えましょう。それでもクラウドはその後数日机にかじりついておりましたし、わたくしもぴしゃりとやり返されはしましたが、それも計算の内にございます。の怒りの矛先は我々に向きこそすれ、クダリに向いてはなりませんから。…ええ、まったくには早いうちに、外堀が完全に埋まっていることをご理解いただきたく存じます。
――それ以降のあの子たち、でございますか? そうですね、つい先日などもそれはそれは大変でございました。クダリのことを好きだとおっしゃる少女がにポケモンバトルを挑んだ、…ええ、あの件です。このときは本当にクダリもも、とてもじゃありませんが見ていられませんでした。
クダリはクダリで、心配と辛抱の針が振り切れてしまっていたとは言え、にあそこまでの態度で接することはなかったはずだとしばらく使い物になりませんでしたし、はで、そんなクダリの態度にショックを受けていたのか、作業効率は普段から格段に落ちておりました。どうせ効率が落ちているのなら、と物は試しにを揺さぶってみたのですが、これが案外効果覿面でして。…貴女もご覧になっていたでしょう? あのように動揺するを拝見するのは、わたくしこれが初めてでしたので、大変興味深く
――…ええ、ついついやり過ぎてしまいました。
あの後、が執務室を辞してしまってからというもの、ぽかんと口をあけたまま椅子に座って天井を眺めるしか能のなくなったクダリには、「になに言ったの、なにしたの、よけいなことしないで、ノボリのバカ」 などと謂れのない中傷を浴びせられ続けました。クダリのためを思ってしたことですのに、まったくひどい弟でございます。挙句の果てに 「いくらノボリにだって、はぜったい渡さないから!」 などとまったく見当違いなことを言い始めましたので、わたくしとが交わした言葉を一から十まで教えて差し上げたのですが、そうしたらそうしたで顔を真っ赤にするやら真っ青にするやら、信号機もかくあらんという慌てふためきようでした。女性というものが、毒にも薬にもなる劇薬であることを、あのときほど実感したことはございません。
……おや、拗ねていらっしゃるのですか? ふふ、貴女もまさしくわたくしにとって、毒にも薬にもなる劇薬にございます。本当ですよ、信じてくださらないのですか? わたくしはもう、貴女なしでは生きていかれません。わたくしを生かすも殺すも、貴女次第なのでございます。
ああ、照れたお顔も大変可愛らしい。ですがそのお顔はどうか、わたくしだけに見せてくださいましね。
――…話を逸らそうとしてらっしゃいますね? わたくしが、貴女のことに関してわからないことがあるとお思いですか? …しかし、貴女がそうおっしゃるのであれば、あの子たちがそれからどうしたのかという話を続けましょう。
わたくしがに席を貸し与え、仕事を任せて帰宅したため、貴女もそれ以降のことはよくご存じないのでしたね。あの日は貴女も大変疲れておいでで、すぐに休まれてしまわれましたから。ええ、わたくしも帰ってきたクダリからしか話を伺っておりませんので、真偽のほどは定かでないのです……いえ、クダリのことを信じていないなどと、そういうことではございません。ただ、なんと申し上げればいいか、…クダリはその晩、ひどく浮かれて帰ってきたのでございます。それはもう、どこかで一杯ひっかけ……お酒を嗜んでこられたのかと思ったほどで。
帰宅したクダリの第一声は、「ノボリどうしよう。あのコ、ぼくのこと殺しにきてる」 でございました。
「…………またストーカーでも引っかけてきたのですか?」
「ちがうよ、そんなんじゃなくて! っだから、もう、ヤバいんだって!ほんとに!」
「……はあ…。
――…ああ、となにかありましたか?」
「〜〜〜〜っ!」
自分とほとんど瓜二つの姿かたちをした人間が、まるで幼子がそうするようにソファでじたばた暴れる姿というのは、正直申しまして大変薄気味悪うございました。
「…だっ、て、あんなの、ひきょうだよ…! ふいうちすぎるもん、効果はバツグンに決まってる!」
「……いまの貴方でしたら、電話口でが 『おやすみなさい』 と言うだけで、タスキのお世話になりそうでございますが…、」
「……! うわうわうわ、ちょっとやめて、今そういうこと言うのほんとやめて。…ニヤニヤが止まんないいい!」
だいぶ末期でございましょう?
――まあ、話を聞いてみればがついぽろっと、翌朝の出勤時間をあわせようとするような言葉を漏らしたと、その程度なのでございますが。……ええ、貴女のおっしゃる通りでございます。相手はあの、はがねのように強靭な理性を有する女性ですから、相手に付け入る隙を与えるような “ついうっかり” を引き出すことこそ、大変困難なこと。クダリの浮かれようも、そう思えば理解できなくはありません。
とはいえ、彼女は翌日までそのようなぐらつきを放置される女性でもございません。を見るたび、普段の二割増しでニヤニヤするクダリを見返すの目は、フリージオのように凍てついておりましたし、わたくしの目から見てはまったく普段通りで、クダリが言ったようなぐらつきを垣間見せたとはとても思えませんでした。ですので、まだ正直半信半疑なのですが
――…、ああ、言われてみればなるほど、ルクスの機嫌は大変お悪うございました。わたくしはてっきり、が彼をバトルに出さなかったことに苛立っているのかと思っていたのですが、確かにクダリへの当たりのきつさが激しくなった理由は、それでは説明できません。…ふふ、なるほど。これは大変面白く…、いえ、大変よい方向に話が転びそうでございます。
……おや、どうしました?何かわたくしにお聞きになりたいことでも? どうか遠慮なくお聞きになってくださいまし。貴女の言葉なら、どんなことでも叶えてみせましょう。…それともわたくしに、隠し事でもされるおつもりですか?
―――……わたくしが、のことを、でございますか? …ああいえ、気分を害したなどと、そのようなことはございません。ただ予想外のことに、少し驚いてしまっただけですから、どうかそのように不安そうなお顔をなさらないでくださいまし。…貴女の言葉はなんでも叶えると、そう申し上げたばかりでございましょう?
…そうですね、貴女のおっしゃる通り、のことを大切に思っているのは事実にございます。月並みな言葉になってしまいますが、とても大切な友人だと、そのように。ふふっ、だって、見ていて飽きないでしょう? とても器用で、何事もそつなくこなすことができるのに、突然わたくし共の思いもつかないような綻びを見せたりする。ひどく危なっかしいような気も致しますが、さて次は何をして見せてくれるのかと、楽しみに思っていることもまた事実なのでございます。
……ああ、しかしなんだかこれでは、わたくしがに恋情を抱いていると思われても仕方のないような言葉になっておりますね。申し訳ございません、言い表すにはわたくしの言葉が足りず……それとも、実はわたくし、に密やかな恋心を抱いているのでございましょうか?
―――…ははっ、いえ、すみません。ふふ、自分で言っておきながら、わたくしがに恋心を、という事態が想像できず、っくく、なんだか可笑しくなってしまいまして…!
…っはあ、重ね重ね、本当に申し訳ありません。けれどこれが、わたくしの嘘偽りない本心なのでございます。ですから、クダリに遠慮して、などということもあり得ません。第一わたくし、本当に欲しいと思いましたら、たとえクダリが相手だろうと遠慮するつもりは欠片もありませんから。
あの子たちにはしあわせになってもらいたいと、ええ、心から思っております。はああ見えてしっかり者ですから、クダリがおどけて振る舞っていてもきちんと手綱を引いてくださるでしょうし、クダリもあれで心の機微に聡い子ですから、がひとりで内に抱え込もうとする事柄をそっと掬い上げてくださるでしょう。一見凸凹コンビのようで、あれ以上にカチリとはまる二人はないと思うのですが……兄であり友人である、わたくしの贔屓目かもしれません。
貴女もご存じのとおり、はこの世界の生まれではございません。彼女の本当の家族は他にあり、わたくし共と同様に、を大切に思われる方がおられたことと思います。そんなをこの地に留めておきたいと思うのは、わたくし達のエゴ
――は、元いた世界に帰りたいと願い、わたくし達と出会うまで事実そのように行動してこられたのですから。それを理解してなおを失いたくないと思う、これはわたくし達のワガママなのです。
このワガママを押し通そうとする限り、わたくし達…なんだか転嫁するようで気が引けますが、特にクダリには、に誓うべき義務と責任がございます。ええ、もちろんわたくしも誓いを果たしていくつもりではございますが、あまり首を突っ込むと、またクダリに 「よけいなことを」 と怒られてしまいますので。わたくしは、あの子たちの兄として、今後を末永く見守っていきたいと……そのように考えております。
――いつものことではございますが、わたくしの話ばかりを聞いていただいて、本当に申し訳ございません。ありがとうございます。わたくしはまったく本当に、貴女なしではどうにもなりませんね。
……え。…っわ、わたくしのことでございますか? わたくしのことなどは、どうでもよいのです…今はクダリとの話をしております! ………わ、たくしだって、それはもちろん、いいひとがいれば、とは考えておりますけれども、その、…まさか粘土でつくるわけにも参りませんし、ゾロアークに化けていただくわけにも参りません。ご縁がないのですから、致し方ないのでございます…! こればっかりはどうしようもないのです、ご容赦くださいまし…っ。
「あの、先輩。さっきから黒ボス、ひとりで何してんスか?」
「あー…あのひとなァ、疲れがピークに達した状態で酔うと、ああやって手持ちのシャンデラに向かってしゃべりだすねん。しばらくしたら勝手に潰れるから、それまでほっとき。下手に首突っ込むと、絡まれんで」
関係各位およびファンの方々へ、心から、心から深くお詫び申し上げます。
2012/06/11 脱稿
2012/06/13 更新